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レンピッカ
日曜美術館のアートシーンで紹介していたと思うのだけど
検索をしてみると文化村でレンピッカ展が開かれていた。
なんだろうアールデコ?その時代をモデルのように
絵描きさんのように生きた絵描きさんでした(笑)
若い人は、エロかっこいいから・・・と言うみたい。
そこでわたしもハイビスカスをエロかっこよく描いてみたいと
レンシッピのように描いてみよう!と描き始めたが
なかなかかけるものではなかった。
なになに風なんてありえないさ作業なんですね~。
いったい10日までにどんなハイビスカスとプルメリアが
できるのでしょうか?
レンピッカの作品は娘さんをモデルにかいている
「緑の服の女」他がとてもいい。
なんだろうデフレの時代の空気とも合うような気がする。


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サンタルチアの埋葬
カラバッジョ展をローマで観た。シチリアでみたという
お客様のお話は、グーグルのブログにもかいたけど
5月1日シラクーサの教会で聖ルチア祭が執り行われていた!と
画像もみながら説明してくれた。
ちょうど聖ルチアの聖堂から向かいの教会に聖ルチア像が移動して
カラバッジョの「サンタルチアの埋葬」とご対面するという行事が。
それも州立美術館が工事中で教会に安置されていたもので
サンタルチアも、7年に一度の御開帳の年だったとか。すごいラッキーな旅ですね。
その後わたしは、サンタルチアを検索すると12月13日がルチア祭の日と出るけど
5月1日のシラクーサのルチア祭のことはかかれていなかった。
もっと検索するとあるかもね。だいたいルチアは迫害を受けて視力を奪われている。
そんなことってありなの?そのルチア像の首にはナイフがつきささっていた
そんなことってありなの?



花の女
フランソワーズに通い婚じゃなく同棲を勧めるピカソ
それからジローはピカソの制作を目の当たりにするわけです。
まずジローをモデルに制作を開始・・・最後から2番目の女も
同じ思いで、モデルをされたのでしょうね。
するとジローの肖像画「花の女」は最初は具象。
そこから何度もこんなイメージでない!と描き直した結果が
一輪挿しみたいなジロー。
美術館にピカソ展が来た時にカメラをアトリエにセットして
ピカソの絵がどんどん変化していく様子撮らせている映画を
みたことがある。それをジローは活字にしていた。
暴露本ではなく賛歌ですね。
この頃のピカソは、運転手も助手もいて
刷り師もいて画商もいて・・・
ただただ制作すればよかったんだね。天才!
4章へと読み進みたいけど自営業のGが忙しくなりました~
出稼ぎも含めて(笑)でもきりきりまで読んでみます~。



洗濯船
オランダ戦は0-0で行くのかなと思っていたら得点された。
善戦したけど負けたから日本選手のインタビューは元気が無かったね。
そこをピカソとジロー2章を読んだ。
ピカソの作品解説はなるほどとおもえるし
版画をあれだけ刷る過程をえ描きながら読んでいると
おもしろい。版画の中の幼稚な造形は、「一般の人たちは
芸術はわからないんだ!」というそいいう狙いがあったとか?
神話の神は一般人でした~。

ピカソだけがそうとは思わないのだけど
ヨーロッパの爺さん、堂々と女性に対するポリシーを話す!
どうしてかと思ったんだけどヨーロッパの女性は
少女時代時間がとまって欲しいほどかわいいけど
まもなく太ってしまいみるかげもなくなる・・・そのことが
男のポリシーにもつながるのかな?などと・・・
ドラマールなんかピカソは怪物と真っ赤になって怒ると
向かいでピカソも真っ赤になって怒っている!
そんな恋日本の爺さんはしない!しがらみ重視だから。

もう暴露本になっているけど3章はどうなるんだろ~








ピカソとジロー
毎晩サッカーのLIVEを見ながらジローの「ピカソとの生活」
やっと第一章をよんだ。
そっか70歳のピカソに20代のジロー。
ピカソはこういうのです。
2人の生活を誰にも邪魔されないように秘密にしよう
今までの交友関係を絶とう!なるほどお互いを知るためには
それがいいと即座に思った。
早速ピカソはアトリエで作品解説を始める。
絵を描いているジローにはたまらないよな~と
読んでいると恐ろしくピカソは真面目
共通の趣味が無かったらあきてしまうんじゃない?と思うぐらい。
案外ギラギラの肉じゃないの!
面白い解説をしている「芸術家は生活の外にいるが、
画家は1本の線を引く 少なくても彫刻家より秩序正しい」
彫刻家の作品をみせてモデルをどう表現したらいいのか
当惑している。わかるだろう?
作品のスタイルが曖昧なことは神と似ている。
最後にはモデルを抱いて終わりになるのさ!
ロダンかよ=
なにしろ神も1人の芸術家に過ぎないと・・・。
なるほど神レベルで仕事をしてるんだね。
納得!!





笛を吹く少年
今度はピカソとの生活が入りましたと図書館
これは相当の美術漬けじゃないと読めないと
おもうほど分厚い。そのときおもったのが
美術の教科書でみていた笛を吹く少年。
それだけの知識ではもったいない!
と思ったのです。子供の絵画教室ははあるけれど
美術史の教室はない!
たとえばこの笛を吹く少年はマネの中頃の作品で背景を
シンプルに描くことを身に着け作品。
ベルトモリゾの肖像などはもっと後。
幼稚園児のころ
最晩年の傑作も見ていたら人生変わっていたろうな~
でも早期教育すぎるかな?などと思いながら
ピカソとの生活を読むけれど分厚い!




オーギュスト マネ
さっきまで借りていた新潮のマネどこが変なの?と穴あくぐらい読んだ。
マネで検索をしているとオーギュスト・マネ夫妻の肖像があった。
早い時期にマネが描いたものらしい。
高官とか言っていたお父さんは神経質そうだった。
新潮によるとマネ家にピアノの先生で来ていた女性が
子供を生んで弟としてマネ家で育てる。
その後このピアノの先生と10年後マネは結婚するのですが
自分の子として認知はしなかったそうです。
ここが変なマネなのかな~?あるいは、この神経質そうな父の
子ではないかなんて・・・という説もあったとかなかったとか?
もっともはっきりできないところ?
奥さんはマネの死後オランピアをアメリカの画商に売ろうとしていたと
ききつけたモネがあわてて国外流失を避けたとか書いていた。
ロダンも息子を認知してなかったよね。ローズの子を!

ルノアールの家
またハイビジョンをみていました。
カーニュのルノアールの家には、66歳に引っ越した
そうです。その家に、初めてのヨーロッパ旅行の時
行った。晩年のルノアールの裸婦がそこの
お庭で描かれているものだった。
その裸婦が印象派と呼ばれた頃のタッチとは違っていて
スランプの末でかけたイタリア旅行で発見したもの。
ポンペイの壁画に衝撃を受けて描き方を
変えたとか!とアトリエに入ると花のえを描いて
「人体の美しい色を探すんだよ!」と画商ヴォラールに
話していたそうです。絵付け職人だったころから
ブーシェがすきで絵描きさんになってからも
いつも「絵とは、楽しくて美しいものであるべきだ!」と
いっていたそうです。そうなんだよ・・・同感♪

黄色い家
仕事をしなきゃ(儲かってないと仕事とはいわないらしい)
そうおもっていると、またハイビジョンでゴッホとゴーギャンをやっていた。
VTRだったけれどつい観てしまう。
ゴッホは不器用で宗教家だから大変だーー。
アルルでゴーギャンを待っている様子などはまるで親愛なるゴッホ。
そしてよくパリで画商をしていた弟テオに手紙をかく手紙魔。
当時アルルの生活費はテオからの送金。300Fは当時多くないですね
と学芸員。
アルルの部屋はいまはないそうだけどこの黄い家で(壁はブルーね。)
ひまわりを描いて待っていたゴッホ。
こんなに待ち焦がれていたゴーギャンと何が引きがねだったんだろうと
見ていた・・・
ゴーギャンは画面の効果を考えて描くのだけどゴッホは
ひたすら風景にせまるだけ。
不器用な絵を描いているところに
ゴーギャンの絵がパリの画廊で1点売れた!
このことがゴッホを不安にさせたんだと思った。
そればかりじゃないんだろうけど
耳を切断してからゴッホはサンレミの精神病院に自分から入院した。
病室で描いた絵は、自分のイメージを次々と描いていた。
その後、終焉の地オーベルシュールの作品も同じ。
やはりノーマルではいけない(描けない)んだよ!
億で落札する絵なんか描けないよ~~~!

田舎のダンス
昨日ハイビジョンでルノアールとドガをみた。
ルノアールの花は、たくさんのモデルにもなった奥さんの
アリーヌ・シャリゴのいけたものでした。
それにしてもどちらもリュウマチ(ルノアール)や視力を失う(ドガ)という
病魔に襲われるのでした。
アリーヌ・シャリゴを検索しているとルノアール42歳の作品「田舎のダンス」
と「都会のダンス」を観て来た方のブログに出会う。ご本人も
TVのワイドショーみたいだと書いているのですが
「都会のダンス」のモデルはシュザンヌバラドンで、
そのときモンマルトルのアトリエに住んでいたルノアールの隣に
シュザンヌも住んでいてそのときシュザンヌは
妊娠をしていたと。ユトリロはルノアールの子供じゃないか?が
有力説なんだって・・
ユトリロは子供のころからワインを飲んでいてアル中対策に
絵を描いたそうだけど素晴らしいDNA。ルノアールの子だといいね(笑)
オルセーでみたダンス3作品もう一度みたかったな~



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